彼が春から世話をしている蚕ボックスです。
中では羽化した蚕が成虫となって羽をパタパタとさせています。
紀元前から人に飼われてきた蚕。
羽の退化が進み、もう飛ぶことができません。
そして羽化して、交尾が終わると雄はすぐに死に、
雌はそのあとの産卵が終われば死にます。
羽化してからはとても短い命です。
蚕はこのようにサナギから羽化すると、
繭を内側から溶かして出てきます。
絹糸を採取するときはこの状態になる前、
つまり中にサナギがある状態のものを熱湯につけます。
その際は当然、中の蚕は死んでしまいます。
こちらの画像は、産みつけられた卵です。
産卵直後のものはクリーム色をしています。
通常はこのサイクルが2回なのですが、
今年は残暑がスゴかったので3サイクルしました。
最後の命を、退化した羽を羽ばたかせて終えようという蚕。
なんかね、こうやってずーっと育ててるでしょ。
孵化したイモムシに毎日桑の葉をあげて…
繭になるところをすごいなぁって観察して…
その繭から小さな蛾が出てきて卵産んで死ぬ…
退化してしまったから箱から逃げることも出来ない。
ずっとこんなふうな箱の中で生まれて、死んでいく、また生まれる。
その様子をさ、何回も見るわけよ。
ある意味、神様みたいな視点で箱の上から蚕を見ちゃってる。
この儚い命の営みを見てるとね、
俺の力でもっと良くできないかなって思う。
でも、なんにもできないんだ。
桑の葉以外の美味いもの食べさせたくても、
寿命を延ばしてやりたくても出来ない。
蚕は蚕、俺は俺なんだよね。
もう野生に戻れないから、俺がちょっと手伝ってあげるだけ。
そのうち、この蚕の繭から糸を頂戴しようとも思ってるから、
ギブアンドテイクかなっていう感覚もある。
今は直接お世話になってないかもしれないけど、
大昔、俺の先祖が世話になった動物だからね。
桑の葉をあげるときは心の中で「お互いさま」って唱えてたよ。
実は俺もひょっとしたら何かの箱の中にいて、
もっともっと大きな存在にいろいろと世話されてるのかもね。
そのように長々と語る余一氏はどこか儚げで、
それでいてとても満足げな表情を浮かべていました。
パソコンしているすぐ横、蚕がパタパタして死んでいくその状況下で、
私は「やっぱキモいな、この人」と思いました。